無知の知〜善意は善であるとは限らない〜

「遅くまでお疲れさま」
上司は笑顔でそう言って、
あなたに缶ジュースとケーキを手渡した。
だが、どうだろう。
缶ジュースの成分表示には「青酸カリ」、
ケーキの材料名に「ヒ素」と書かれていたら。
あなたは「青酸カリ」や「ヒ素」が、
少なくとも強力な毒であることは
知っているだろう。
だが上司は、
「青酸カリ」「ヒ素」が何か知らない。
あるいは知っていても、
まさか入っているなどと夢にも思わず、
成分表示まで見ることなく買ってきてくれた。
ただただ善意で、
純粋なねぎらいの心で、
笑顔で手渡してきた。
さあ、あなたは食べるだろうか?
どうも、ますてぃと申します。
善意が善であるとは限らない
そんな場合があります。
「さすがにヒ素はないよ」
あなたの常識は、そのように笑い飛ばすでしょう。
では、食品やドリンクの添加物、
加工前の主原料、
どれだけ意識しているでしょうか?
缶コーヒー、
エナジー系ドリンク、
見方を変えれば砂糖とカフェイン、
そして添加物の塊です。
急激に血糖値を上げる劇薬です。
お中元などで贈られる日用品、
贈り物を選ぶ際に、
成分表示を見て判断しているでしょうか?
動物実験レベルでも、
皮膚に塗ったら多臓器不全やガンを発症する
メーカー品もあります。
無知の善意ほど、
恐ろしいものはないです。
「お気持ちだけいただきます。
 ただ、缶コーヒーは毒性が高く、
 飲まないようにしています。」
そう伝えたある人が、
ここ数日、何度か聞いてきました。
面倒見の良い人です。
ただ認識、意識が違うだけ。
その人が、こう言いました。
出された缶コーヒーや
ロールケーキを指して。
「これは体に悪いんじゃないの?」
私は答えます、
「はい、悪いですね」
その人は言います、
「食べれるものないやん」
答えます、
「(本当はあるけど)そうですね」
私の口から、
何が聞きたかったのでしょう?
ご自身の善意を否定された反感、
それが先行していたとしか
取りようがありませんでした。
そもそも問う相手や内容が違います。
そんなものを、
当たり前のように流通させている主体者にこそ、
第一に問い正すべきなんじゃないか。
肝臓はじめ、
私たちの体は24時間、
パワフルに働いて毒を排泄してくれます。
知れば知るほど、
奇跡としか言いようのない
精密さと性能で!
それにしたって、
限度があるからわざわざ言うんです。
想像してください。
あなたが善意で贈った食べ物や日用品が、
積もり積もって、
ガン精神疾患不妊アレルギー性疾患などの
原因になっているとしたら?
薬と称して、
体をズタズタにするものもあります。
善意は必ずしも善ではない
これを的確に描いた話があります。
「ワンピース」という漫画の、
チョッパーというキャラクターが
医者になるきっかけとなる話です。
・・・長くなるので紹介だけ、
ぜひ一度読んでください^^;
ともあれ、
商品の良し悪しを、
国や企業のせいにして済む
話ではないでしょう。
突き詰めれば生活者が選ぶんです。
矛盾を抱えながらも、
私が「地球にも優しい」を追求するのは、
地球に優しいモノゴトは、
人にも負担が少ないからです。
気づいてる人たちは、
日用品も食材も、
暮らし方も、
当然のように切り替えています。
私なんかより、
何千歩も先を歩かれている人も、
大勢いらっしゃいます。
私の友人もつい先日、
自然栽培」の農園をオープンしました。
こちら→元ちゃんファーム
かっこいいと思いました。
リスクも承知で、
安心して食べられるものを
作ってくれています。



食べれるものがない、
という人の目には、というか、
意識という視界の中には、
「食べれるものがない」
と映ります。
日用品もそう。
探せばいくつも選択肢はあります。
でも、意識の中になければ、
探す気にもならないのが、
私たち人間です。
人間は、
結局自分の感情やエゴでしか、
物事を決められない存在です。
さらに困ったことに、
人間は潜在意識レベルで
変わりたくない」と思っています
安全を担保したい欲求からです。
また「大勢」が信じる、
あるいは信じ込まされている常識の中に、
染まっていたいと思いがちです。
だって、安全だと思えるから。
でも究極、
人生は、
100%自由意志です。
そして100%自己責任です。
いただくものも、あたえるものも。
心はなにより大切だと思います、
でも心だけでは、自分や人を守れません。
知識や知恵も、
身につけなくてはいけませんよね。
特定の権威が言うから、
正しいわけでも、いいわけでもない。
大事なのは、本質的な中身ですよね。
人間を本当に豊かにするモノゴトを、
しっかりと見極めて
暮らしていきたいですね。